痔に悩んでいる日本人は3人に1人と言われている、いぼ痔が男女共に50%以上がなっている。
文明開化の明治・大正時代では痔に悩まされたのは、『坊ちゃん』や『我輩は猫である』で知られる文豪「夏目漱石」だった。
「夏目漱石」
痔の悩みは:「痔ろう」
「夏目漱石」は明治44年の初秋から尻の痛みを強く感じるようになって、
大正元年(1912)9月16日に東京・神田錦町の佐藤診療所で切開してもらいましたが、経過は芳しくなく、11月20日に再度の手術、
「夏目漱石」は実に2回に渡り手術を受けていたのです。
当時は痔ろうの手術は今と違い痛みが激しく、夏目漱石の最後の小説「明暗」にまで描かれています。
『明暗』は、主人公が痔の診療を受ける場面から物語が展開しているの。
日本の歴史に残る俳人「正岡子規」も痔で悩む!
「正岡子規」
「正岡子規」もまた痔で悩んでおり、親友でもある「夏目漱石」に、
「痔疾ニ秘結ナドトクルト後ヘモ先ヘモイカズ」痔ろうに苦しめられた経験を切々と書きつづっています。
「正岡子規」もまた痔ろうを患い、その痛みには非常に苦しめられていたようです。
「夏目漱石」・「正岡子規」も一日中座っている作家や、馬に乗ることが多い軍人など、痔は古くから多くの有名人を悩ませてきた病気だったのです。
「野口英世」
日本の歴史に残る俳人「野口英世」も痔で悩む!
黄熱病の研究で知られる「野口英世」も、恩師にあてた手紙で「昨年十月頃より痔をなやみ夜分も安眠を不得(えず)、
月を追うて重り行く傾向有之候。(けいこうありのそうろう)」
夜眠れないため頭がはっきりせず、“万事うるさく相成申候(あいなりもうしそうろう)”と書き、一日も早く手術を受けたいとしたためています。
しかし、手術はせずにだましだましおさえていたようです。
コメント