日本では働ける年齢になっても働かずに家に引きこもっていることを「ニート」と呼ぶことがあります。
これはいわゆる若年無業者とも言い表すことができる言葉であり、イギリスの「not in education, employment or training」が元となっているそうです。
一方、日本ではしばしば「親のすねをかじる」と表現されることがあり、日常生活で聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。
そういうわけで、今回は「親のすねをかじる」の意味や語源について、穀潰し(ごくつぶし)の意味など紹介していきたいと思います。
ぜひその成り立ちや正しい意味について知って日本語の理解を深めてみてくださいね。
1・親のすねをかじる意味は?
「親のすねをかじる」の意味としては「子どもが経済的に自立することができず、
自身の親に援助してもらいながら生活すること」「子どもが大人になっても親に養ってもらうこと」を指すと言われています。
簡単に言うと子どもが働ける年齢になってもお金の面で支援を受けていることですが、
この「子ども」というのはたとえ50歳であっても親からしてみれば子どもというわけです。
日本の子どもたちは、一定の年齢まで国民の義務として「勤労の義務」を背負っており、働くことよりも勉強することを求められています。
高校生のうちはバイトをすることが難しい学校もあるためそこまで言われませんが、
大学生になると自由な時間が増える分、少しずつ「親に頼りきり」ということが後ろめたく感じる人もいるでしょう。
しかし、「親のすねをかじる」がより皮肉を込めて使われるのは学生を終えた人に対して使用されるときです。
その場合にはマイナスな意味で使われることがほとんどですので、自身で使用する際も注意して使いましょう。
2・親のすねをかじる語源は?
次に「親のすねをかじる」の語源について詳しく説明していきたいと思います。
人体の脛(すね)という部分は人が立って動くのを支える重要な部分であり、なくてはならない部分です。
実際に、一生懸命働くことを「すねから火を出す」と表現したり、
やましいことがある場合に「すねに傷を持つ」と言い表したりするなど、脛というのは様々な代名詞として使用されています。
これらからわかることとして、やはり脛というのは人にとって大事なものであり、
替えのきかない存在であると言えるでしょう。では、「親のすねをかじる」のすねがどういうものかと言うと、親の大切なものを文字通り「かじる」ので、
親の働きをネズミのようにかじって傷つけてしまうことを意味します。
親が無限に働いてくれるということはありえないので、親の働きというのが有限であり、その働きで子供を養う尊い行為だということがわかりますよね。
日本では働ける年齢になっても引きこもって親の世話をただ受けているという話をよく聞きますが、
これは親の大切な働きを恩も返すことなくただ甘んじて受けているため、すねをかじると表現されるのです。
脛というのはとても頑丈に作られているため、一度壊れると簡単に再生させることはできません。
今すぐにでも親孝行しろということではありませんが、育ててきてくれた恩を感じるのであればいずれ感謝の気持ちを返そうと意識することも大切かもしれません。
3・親のすねをかじるのは何歳?
既述の通り、「親のすねをかじる」が皮肉を込めて使用されるのは学生という身分がなくなった時とされています。
中には大学生の時に言われてショックを受けた人もいるかもしれませんが、
大学では勉強していますし、バイト代で遊びたい年頃ということもあり、それほど気にする必要はありません。
問題なのは30代、40代といった普通に社会人として働けるのにもかかわらず特別な理由もなしに働かないという選択肢をとる人々のことです。
そうした人たちに向かって「親のすねをかじっている」と指摘することは皮肉と非難の意味が込められていることになるため、使い方には注意する必要があるのです。
4・穀潰し(ごくつぶし)の意味は?
ちなみに、「親のすねをかじる」の類義語を辞書で調べると「穀潰し(ごくつぶし)」という言葉が出てくると思います。
「穀」というのは昔で言うところのお米や味噌、そしてその他の食事を表しているため、
それを台無しにしているということで「いい年をして生活費も稼げなく、ただ家にいるだけ」「ただ飯ぐらい」という意味を持っているのです。
何の役にも立たない人を蔑んで表現している言葉ですので、「親のすねをかじる」と同様に使い方には注意したいところですね。
まとめ
今回は「親のすねをかじる」についてその由来や類義語を説明してきましたがいかがだったでしょうか。
日本語は正しい使い方を知らないと恥をかいてしまったり、相手に失礼な印象を与えてしまうことさえあるのです。
しかし、こうした比喩や熟語、日本ならではの表現などを学ぶことで日本語の奥深さを知るだけでなく友人や同僚から頼られることもあるかもしれません。
ぜひ自身でも日頃の疑問などをそのままにせず、些細なことでも調べてみてくさい
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