9月も下旬に入って来ると、さすがに涼しさを感ずる日も出てきます。 その頃が「秋分の日」あたりではないでしょうか?
「暑さ寒さも彼岸まで」とは、言い得て妙ですが、その言葉の意味などを知っている人達は少ないのでは。
という事で、今回は「秋分の日」にまつわる色々なお話をご紹介します。
9月23日頃秋分の日とお彼岸の関係は?
「秋分の日」とは、「二十四節気(にじゅうよんせっき)」にあるように、太陽が真東から登って真西に沈み、且つ昼の長さと、夜の長さが同じになる日です。
秋分日は毎年変わらないものだと思っている方も多いかもしれませんが、春分日と同じ理由で、年によって変化します。
秋分日が毎年9月23日になるようになったのは、1980年からのことです。
それ以前は、4年に一度9月24日が秋分日という年があり、2012年からは、4年に一度9月22日が秋分日になると予想されています。
したがって、この「秋分の日」を中日(ちゅうにち)として、その前後三日間を合わせた七日間を「彼岸」といいます。
尚、秋の彼岸は「秋彼岸」と呼びます。
「秋分の日」が9月22日の場合、9月19日が彼岸の入り:9月22日が彼岸の中日:9月25日が彼岸明けとなります。
「秋分の日」は『祖先を敬い(うやまい)、亡くなった人を偲ぶ(しのぶ)日』として、昭和23年1948年に制定されました。
祝日としては明治時代からある『秋季皇霊祭(歴代の天皇・皇后・皇族の霊を祀る(まつる))』から続くものです。
「彼岸」とは、日本人がもともと持っていた「祖霊崇拝」の習慣と、仏教上の「極楽浄土」の考えが結びついた、『日本独自の仏教行事』です。
三途の川(さんずんのかわ)を挟んで、私達の住んでいる世界を『此岸(しがん)』、仏様のいらっしゃる向こう側の世界を『彼岸』と言います。
「彼岸」は西に、「此岸」は東にあるとされ、太陽が真東から登って、
真西に沈む秋分・春分は「彼岸」と「此岸」が最も通じやすくなると考えて、先祖供養をこの時期にするようになったとされています。
秋分の日の行事とお供え物は?
「秋分の日」には、お墓参りや仏壇廻りの掃除をしましょう。
先祖の墓が近くにあると、寺で開かれる『彼岸会(ひがんえ)』に参列することもあるでしょう。
「秋分の日」のお供え物といえば、「おはぎ」が定番です。
「おはぎ」の名前はの由来は、秋に咲く「萩(ハギ)の花」にちなんで名付けられました。
尚、「秋分の日」の「おはぎ」も、「春分の日」の「ぼたもち」も同じものです。
「ぼたもち」は春に咲く「牡丹の花」にちなんで「ぼたもち」と名付けられています。
小豆には邪気を払う力がある?
日本では、慶事にお赤飯を食べる習慣がありますが、これは、「あずき」には邪気を払う力があると信じられてきたからです。
古来、日本人は「赤米(玄米の種皮または果皮に赤い色素を含む稲の栽培品種)」による赤い飯を食べていたため、
慶弔時に「あずき」を使って、御飯を赤く染めて赤飯を食べる風習を持ったことによります。
暑さ寒さも彼岸までの意味や使い方は?
なぜ、「暑さ寒さも彼岸まで」と言うのかと言えば、秋の場合、「秋分の日」を境に、日照が短く成って行き、秋の夜長に向かいます。
つまり、太陽の出番がドンドン短くなるので、暑さも和らいでいくわけです。
ただし、昼と夜の長さが同じでも、春分と秋分では、暑さの名残で秋分の方が10度以上も気温が高いのですが、
厳しい暑さに目処がつく頃なので、この言葉が慣用句として定着しました。
文例として、一例をあげれば、『夏のお彼岸に墓参りをした帰り、急に涼しくなったのを感じました。
暑さ寒さも彼岸までとは、言い得て妙だと感心しました。』 いかがでしょうか?
まとめ
「暑さ寒さも彼岸まで」の類似語には、「楽あれば苦あり」とか、「人間万事塞翁が馬」などがあるそうです。
つまりは、“我慢していれば、辛いことが過ぎ去り、良い事がある”と言った意味です。
時候の挨拶ばかりではなく、“苦労は報われる”的なウイットのある会話ができるようになりたいものです。
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